五ヶ瀬から宮崎市内に引っ越してきました

宮崎市内に引っ越してきました。

というのも、以前は妻の仕事の関係で五ヶ瀬に3年いたんですが、宮崎市内に移動になりました。

五ヶ瀬に移動が分かった時は、僕自身もですが子供達が環境に慣れるのかなど色々と心配でした。
いざ五ヶ瀬に住むと、そんな心配をよそに、子供達はすぐ近所の子たちと仲良くなってました。

1年目は組長をさせてもらって、荒踊りの行事にも沢山参加したり、みなさんとお酒をいっぱい飲んでざっくばらんに話をしたりと、貴重な体験を沢山させてもらいました。

2年目からは小学校の放課後子供教室に行くようになり、小学生、特に低学年が群がってきて、対応に困ったのを思い出します。
あの時と今を比べると、子供の成長は早いなあとつくづく感じます。

3年目は、町Pバレーの懇親会の時に獺祭を沢山飲んで酔い潰れてしまって、家まで送ってくれようとした小学生の保護者の車で嘔吐し、大変な迷惑をかけました。
それなのに送別会の時には、ご迷惑をお掛けしたその保護者から「送っていくから沢山飲んでいいよ」と言ってもらったり。

僕は油断すると1日2000歩も歩かず運動不足なので、お昼休みの時間は歩くようにしています。
散歩中に地元の方に挨拶すると20分から30分ほど立ち話になることも良くあったり、すれ違う車がクラクションを鳴らしてくれたり。
申し訳ないですが、誰か分からない年配の方も鳴らしてくれることもありました。

引越し当日は保護者や子供達、学校の先生が50人近く来てくれて、嫌な顔一つせず、掃除やゴミ捨てなど引越しの準備をしてくれました。

お見送りの時は、あんな数の人に感極まって泣くところでした。

今振り返ってみると、周りの方々はすんなりと僕たちを受け入れてくれて、冗談も言える仲にもなり、素敵な方ばかりだったとしみじみ思います。

このAIが流行っているご時世、人間味の中心みたいなものを感じられたことは、僕の大きな財産です。
色々とありがとうございました。

また、みなさんとお酒が飲める日を楽しみに、宮崎でも頑張っていきます。

持原孝介

この記事を書いた人:(Jacky Web Works)
介護福祉士として高齢者福祉の現場に11年。今は宮崎で生成AIの活用支援とホームページ制作をしています。